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  • 史がない女王陛下

あんぱんと「菓子パン」を語る

あんこって、実は美味しいんですね。


というのも、今まで「あんこなんていう豆を砂糖で煮たものなど食えるかっ!」と拒絶していたわけですが、東京に来て色々とお菓子をいただく機会があり、どうしてもあんこに触れることが生まれてしまい……まぁ頂き物を無碍にするのもなと口にするうち、あの食物由来の爽やかな甘さとしつこく残らない食感にまんまと心を奪われたわけです。


そこで当然行き着くのが「あんぱん」ですよ。

個人的には刑事ドラマで張り込み中の刑事があんぱん片手に「星」を見張るというイメージが強いのですが、調べたところ、当然というべきか、日本発祥のようですね。(ヘタリアの日本=ピザまんなどなんでも「〇〇まん」にしてしまうという創作ネタを思い出します)

今日はそんな「あんぱん」について語っていこうかと思います。


中山圭子の『事典 和菓子の世界』によると、1874年(明治7年)に木村屋(現在の木村屋總本店)の創設者 木村安兵衛とその弟 木村英三郎によって考案されたのが始まりであるあんぱん。

木村屋のあんぱんの特徴としては、ポルトガルからの伝来時に使われていたであろう「イースト」による発酵ではなく、酒種を用い発酵させていることでしょう。これに唸ったのが幕末の幕臣 山岡鉄舟でした。


余談ですが、鉄舟は江戸城無血開城における勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、1868年(慶応4年)駿府にて徳川慶喜の使者として西郷と面会し談判したという経歴を持つ人物で、木村屋の木村安兵衛とは剣術を通じ知り合ったと言われています。

「饅頭に餡なきものなり(『和漢三才図会』より)」と表現されたパン。米食志向の強かった当時の日本において、パンはまだまだマイナーな食事と言わざるを得ない状況だったでしょう。蛇足ですが、同時期の北海道においては開拓使が招聘した外国人らによる提案により1871年(明治4年)に一度稲作が禁止されるも、早々に解禁するほどでした。


そんな状態だったパンにわざわざあんこを包み焼き上げる。よくよく考えると「あんこのない饅頭に再びあんこを詰めた」という単純な話ではあるのですが、あんこやクリームなどが入ったいわゆる「菓子パン」は西洋においては食事としての「パン」ではなくむしろ間食としての「お菓子」ないし「ケーキ(cake)」として認識されていたのではないかと思います。というのも、例えばフランスにおいてパンに分類されるパンケーキを薄く焼いたクレープは、私たちが知るようにクリームやフルーツを巻いた場合は「crêpe sucrée(砂糖味のクレープ)」と呼ばれ菓子に分類されます。また数年前に日本で流行した、パンに大量のクリームを挟んだイタリアのマリトッツォも菓子に分類されています。加えて、ケンブリッジ英語辞典にて「cake」は「a sweet food made with a mixture of flour, eggs, fat, and sugar(小麦と卵、油分、砂糖を混ぜ作られる甘い食べ物)」と説明されています。

ある意味、饅頭という和菓子があった日本だからこそ気付くことのできた視点かもしれませんね。


また蛇足を加えると、日本発祥のクリームやあんこなどが入った「菓子パン」は英語では「kashi-pan」として、西洋での菓子パン、つまりドライフルーツなどを混ぜ焼いたパンとは別物として、日本文化の一種とされることがあるそうです。


話を本筋に戻すと、当時普及していなかったパンを日本人好みに工夫し普及させたという点で、木村安兵衛らの寄与は甚大であったと推察されます。木村屋は後の1900年(明治34年)にジャムパンを、中村屋は1904年(明治37年)にクリームパンを、また諸説あるものの名花堂(現在の「カトレア」)が1927年(昭和2年)惣菜パンとして初出のカレーパンを実用新案に登録するなど、日本におけるパン食文化は19世紀後半の木村屋による尽力を契機として一気に花開いていくことになります。

なお木村屋は1875年(明治5年)4月4日にあんぱんを明治天皇に献上しているのですが、その際木村英三郎の提案で季節感を出すため桜の塩漬けを中央に埋めたことから、現在でも木村屋總本店のあんぱんには桜の塩漬けが埋められ、春を思わせる味となっています。それが元となり、4月4日は「あんぱんの日」として日本記念日協会に登録されています。


というわけで、バイト帰りに日本橋三越へ赴き、買ってきましたは木村屋總本店の「酒種あんぱん 桜」です!

もし会室に誰かいるなら一緒に食べようと思っていたのですが、誰もいなかったので全て僕の口に入ります。あぁ残念——。


袋から取り出した瞬間ふわっと溢れる日本酒の香り。少し触れただけでも匂いが移るほど強く、けれど気分を害さない、絶妙な加減。酔うためではない、楽しむための「酒」がここにはある。

少し遅れて桜の「開花」。春風に揺られ、ひらりはらりと舞う花びら。そっと目を閉じたなら、お猪口についだ酒を片手に、縁側にかけ桜を眺める平安貴族の姿が見えてこよう。

上品で、繊細で。異国の食べ物がまさに日本のものとなったことを感じさせる、品格ある一品。

いやはや、恐れ入った。


明治天皇に献上した際は奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の塩漬けが埋められたとのことですが、その伝統からか、今でも八重桜の桜漬けが使われているようです。


一欠片を口に含む。時間が経っているからか少し硬さを感じつつ、言い換えればかみごたえがある。

いくらか咀嚼し深呼吸をすると、一気に世界が変化した。今まではただ香りだけだったのが、まるで今自分が桜の目の前にいるかと錯覚させられる。

時折下に触れる塩漬けの桜、パンから滲み出る芳醇なあんこ。甘塩っぱい味わいはやはり天下平定の鍵なのかもしれない——。


とまぁポエムじみた駄文を披露しましたが、存外酒の香りが強いことに驚かされました。確かにアルコールによる酔いは感じないものの、ホームページによくある質問としてアルコール分が入っていないかという項目があることが容易に頷けるほどです。


ちなみに、今回日本橋三越で買った「酒種あんぱん 桜」ですが、スーパーなどで市販されている木村屋總本店の「あんぱん」も確かに桜の塩漬けが埋められているものの、似て非なるものです。(以下、木村屋總本店公式サイトより抜粋)

銀座本店などで販売している「あんぱん」は100%酒種で醗酵させているのに対し、スーパー等に納めている「あんぱん」は酒種生地とパン酵母を併用しております。

(左はスーパーのもの、右は三越のもの)


三越で買ったもの(今回メインで紹介しているもの)は酒の匂いがまず初めに来る一方、スーパーのものは桜の香りが印象的でした。ただ、一般的なパンに比べると酒の匂いも特徴的で、印象づけが十分なものではあると思います。


 明治天皇のほか昭憲皇太后も嗜まれた、かわいらしいまんまるのパン。

 日本の文化がぎっしり、あんこもぎっしりと詰まった木村屋總本店のあんぱん。どちらも驚きのあるものなので、ぜひ皆さまも食べ比べてみてください!



愛を込めて,

史がない女王陛下


《 参考文献・サイト 》(すべて2024年4月14日の閲覧)

  寺島良安 (尚順) 編『和漢三才図会』下之巻,中近堂,明17-21. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/898162 (参照 2024-04-14)

  “Cake.” Cambridge Dictionary, Cambridge University Press & Assessment, https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/cake.

  “Kashi-Pan.” NIPPONIA, 平凡社, 15 Sept. 2006, https://web-japan.org/nipponia/nipponia38/en/appetit/index.html.

  “Storia Panino Maritozzo Salato o Dolce.” Taccuini Gastrosofici.Ti, Univertisà San Raffaele, https://www.taccuinigastrosofici.it/ita/news/contemporanea/panini-e-cibo-di-strada/maritozzi-dellamore.html.

  “<あんぱんの元祖> 4月4日は「あんぱんの日」.” 木村屋總本店, 木村屋總本店, https://www.kimuraya-sohonten.co.jp/anpan0404.

  “稲作の展開.” 水土の礎, 一般社団法人 農業農村整備情報総合センター, 25 Aug. 2020, https://suido-ishizue.jp/kindai/hokkaido/05.html.

  “カレーパンの起源.” 日本カレーパン協会, 日本カレーパン協会, https://currypan.jp/currypan/history/.

  “木村屋のあゆみ.” 木村屋總本店, 木村屋總本店, 12 Apr. 2023, https://www.kimuraya-sohonten.co.jp/ayumi.

  “クリームパン.” 新宿中村屋, 新宿中村屋, https://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/products/pro_005.html.

  “よくあるご質問.” 木村屋總本店, 木村屋總本店, https://www.kimuraya-sohonten.co.jp/faq#qa06.



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