『歴史総合』がもたらす教育現場への悪影響
- 2024年11月24日
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高校社会科の学習指導要領が改定され、歴史総合が追加されたことは記憶に新しい。これまで幾度と学習指導要領は改定されてきたが、その度に現場は振り回されてきた。その被害は教員や学習塾など教育業界全般に及ぶ。そして一番の被害者はそれを受講する生徒である。全て丸投げされ、無茶な内容に準備が不十分な教員とその不十分な授業を受ける生徒が不憫でならない。今回はそんな歴史総合を導入することによる、教育現場への影響を考えていきたい。
そもそも歴史総合とは何か?従来の世界史Aの近現代と元より近現代のみであった日本史Aの内容を融合し、近現代の世界中の歴史にフォーカスしたものである。そこで、実際の教科書を何社か見てみた。代表的な山川出版のものを例にするが、教科書の本文を開いてみると初めに出てきたのはオスマン帝国・サファヴィー朝・ムガル帝国である。次のページには明・清の話が。その後も1章・2章と記載されている内容は全て世界史の内容である。2章の終盤に幕末の内容が書いてある程度である。教科書全体で見れば、世界史と日本史の比率良くては7:3と言ったところだ。確かに世界史は日本史に比べて広く量も多いのはよく分かる。故にこの比率になるのは納得がいく。しかし、これを受講する生徒たちにとってはたまったものではない。
この学習指導要領で生じる(または現状生じている)問題は5点ある。1つは教えられる教員が少ないということだ。7割以上が世界史の内容であるにも関わらず、世界史が専門の教員は何人いるのだろうか。具体的な統計データはないものの、日本史の教員数よりも少ないことが予想される。故に指導内容に偏りが生じる可能性がある。
2点目は全範囲が終わらないことである。現状、歴史総合は多くの学校が1年間で終わらせることになっている。更に文科省は「「歴史総合」の学習において,主体的・対話的で深い学びを実現するために,課題を設定し,その課題の追究のための枠組みとなる多様な視点に着目し,課題を追究したり解決したりする活動が展開するように学習を設計することが不可欠である」(文部科学省,『高等学校学習指導要領解説 地理歴史編 平成 30 年 7 月』より)と述べている。要するに、「授業の中で問いを与えて、グループワークで自分の解答を他者と共有して発表しろ。」ということである。これを授業中に解説しつつ行うとしたら1年ではとても足りない。
故に学校現場では、教員のピックアップした単元のみ扱う・全体を表面だけざっくり扱う・前から順に行い、終わらなかった部分は扱わない、のいずれかになってしまっている。全体を扱うことが出来なければ文科省が歴史総合に求める目標は達成されないだろう。
3点目は世界史未修の生徒が増えてしまうということだ。従来は世界史が必修だったために、高校卒業までに少なくとも世界史の古代から現代までを大まかには教わっている。しかし、歴史総合の導入で近現代以外は未修のまま卒業する生徒が出てしまうことになる。
世界史を理解することは現在世界で起きている諸問題を理解する大きなヒントとなる。例えば、なぜパレスチナで戦争が起きているのか理解するには、ヘブライ人の出エジプトや正統カリフ時代のイスラーム勢力進出まで遡る必要がある。そこを知らずして、近代だけの浅い知識では、この戦争の背景を知るには不十分である。
これでは文科省の掲げる「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指す。」(文部科学省,『高等学校学習指導要領解説 地理歴史編 平成 30 年 7 月』より)という目標は達成されないだろう。
4つ目は世界史嫌いの生徒が増えるということだ。学校によって授業内容に差が出たり、ざっくりと扱っただけではその歴史の中にあるストーリーや教訓を扱うことは難しい。故に歴史とは無味乾燥なものと考えられ、最終的にはやっても意味が無いもの。不要なもの。とまで言われてしまうのである。歴史を学ぶことでその中にあるストーリーに面白いと感じるからこそ、『キングダム』や『ベルサイユのばら』など、歴史をテーマにしたエンタメが多く存在するのだ。また、孫子の『兵法』や司馬遷の『史記』など、今も故事成語としてその内容が広く伝えられているのは今を生きる私たちにも通ずる教訓があるからだ。そこを無視した歴史の本筋から外れるような授業では生徒をときめかせるものは提供できないだろう。
5点目は受験に影響を及ぼすことだ。歴史総合の導入に伴い、2025年度より入試科目の中に歴史総合を組み込む大学が多く現れた。多くの学生は1年次に歴史総合を学習し、2年後の入試までにその内容を覚えているはずがない。そうなれば歴史系科目で受験する生徒は減るだろう。
更に、日本史探求・世界史探求のいずれを受験するにも、歴史総合は避けられない。そうなれば歴史総合をもう一度勉強し直すことになるが、日本史探求を受験する場合、もう一度7割の世界史部分を学び直すことは大きな負担になりうる。世界史探求受験者は3割程度の日本史部分を復習するだけなので、これでは日本史探求受験者と世界史探求受験者間に不公平感が生じてしまうだろう。
2024年度共通テスト本試験の受験者数を見ると、日本史Bが131,309人に対し、世界史Bの受験者は75,866人である。(独立行政法人大学入試センター,『令和6年度大学入学共通テスト 実施結果の概要』より)このように、例年は日本史受験者が世界史受験者の2倍近くいる。また、もうすぐ世界史受験者数は70,000人を下回るとも言われている。こうした現状の中でこのようの試験は、多くの日本史受験者に対して莫大な負担を強いることとなりかねない。また、そのような生徒に対応するために、多くの学校や学習塾は対応に追われることとなる。
これら5点を踏まえると、歴史総合を導入するのは時期尚早と言ってよい。文科省は歴史総合の内容や授業運営の方法を再考し、教員数の確保や、教材の準備など、現場の準備が整ったうえで導入すべきである。また、導入されてしまったからには仕方ないとしても、大学入試に歴史総合を導入するのはもう少し待つ必要があるのではないか。不十分な教育を受けた受験生が受験しても、その試験には大した意味もなく、ただ単に受験のために勉強した歴史になってしまう。また、前述の通り、日本史受験者にとってはあまりにも不利な入試であり、入試における公平性を大きく欠いている。そのような状況下で入試を行うことは不適切だ。
文科省をはじめ、行政や運営側の人間にとっては単なる大学生の戯言にすぎないが、この声が届き、日本の教育業界が少しでも改善されることを強く願っている。
参考文献
文部科学省,『高等学校学習指導要領解説 地理歴史編 平成 30 年 7 月』, https://www.mext.go.jp/content/20220802-mxt_kyoiku02-100002620_03.pdf,2024年11月24日参照
独立行政法人大学入試センター,『令和6年度大学入学共通テスト 実施結果の概要』, https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?d=679&f=abm00004533.pdf&n=令和6年度大学入学共通テスト実施結果の概要.pdf,2024年11月24日参照
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