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”歴史”から”歴史学”へ-「帝国」とは何か?-

  • 2024年10月13日
  • 読了時間: 4分

帝国ホテル、帝国書院、帝国劇場…我々の日常でもたまに聞く「帝国」という単語。歴史の授業では「大日本帝国」「清帝国」「ロシア帝国」「オスマン帝国」のような国名や、「帝国主義」のようなよく分からない用語を当たり前のように教えられて丸暗記してきたのではないでしょうか。

 でもここで1度立ち止まって、その定義・史実を疑うことこそ、歴史学の真髄なのです。それを体現するために今回は「帝国」という言葉を考え直してみましょう。


 まず、「帝国」の定義は何でしょうか?皆さんのイメージするものは恐らく、文字通り「皇帝が支配する国」ではないでしょうか。正確には、島村直幸氏によれば「帝国とは、異民族をも統治するシステムであり、支配と従属の関係が存在する政治体である。たいてい、通常の国家よりも、より広大な領土を統治した。帝国は、国際政治学者のマイケル・ドイルによれば、従属する国家や地域に対して、外交だけでなく、内政までコントロールすることが覇権国(ヘゲモン)と異なる。覇権国は、外交のみコントロールしようとし、内政までは支配しない。」(島村直幸,「帝国の興亡史 : 古代から現代まで」,『法学新報』,巻123,号7, P.519,2017年1月16日刊行)とのことです。つまり、「帝国」は他民族を支配している国家のことだそうです。


 この定義に則って、一般に「帝国」とされる国家を考えてみましょう。例えば、大日本帝国は韓国を併合していました。太平洋戦争中は東南アジアや太平洋の諸地域を支配していました。これは「帝国」の定義に合致します。ただ、一般に大日本帝国と呼ばれるのは大日本帝国憲法が施行された1890年からなので、大日本帝国成立当初は「帝国」と呼ぶには怪しいところ。これはプロイセン(ドイツ帝国)の真似をしたもの、言ってしまえば欧米列強に肩を並べるための”見栄”でしょう。


 次に初期イスラーム世界の代表的な王朝であるウマイヤ朝とアッバース朝はどうでしょうか?アッバース朝は時々「アッバース帝国」とも呼ばれます。それは問題ないでしょう。そもそもイスラームの特徴として、改宗を強制したり、強権的な支配をすることはほぼありません。アッバース朝は他民族、他宗教に寛容でうまく支配していました。一方でウマイヤ朝はとても不寛容でした。ズィンミー(非アラブかつ非ムスリム)だけでなく、マワーリー(非アラブかつムスリム)からもジズヤ(人頭税)とハラージュ(地税)を両方とも徴収していました。そのため、彼らの反感を買ったウマイヤ朝は、カリフを世襲化したことに不満を覚えていたアッバース家と手を組んだマワーリーに反乱を起こされ、滅亡しました。それまでの間、うまく支配していたかと言われると怪しいところです。

 それ故にウマイヤ朝は「帝国」と呼ばれないというのが私の考察です。


 しかし、本来アラビア語に「帝国」という言葉はなく、あくまで近代の歴史家が後に「帝国」と称したに過ぎません。つまり前近代の国家を「帝国」と呼ぶか否かは結果論に過ぎないのです。

 そもそも、「帝国」という言葉はヨーロッパから輸入された言葉です。英語の"empire"の語源はラテン語の"imperium"からきています。ラテン語といえば古代ローマで使われた言葉ですが、そんなローマ帝国すらも、自らをローマ「帝国」とは称していませんでした。彼らは"imperium"という言葉を皇帝の「命令権」という意味で使っていました。

 また、中国語では金香花氏曰く、「まず「帝」が中国語においては最高神を意味する点を指摘する。」(金香花,「Godの訳語「上帝」―中国語、日本語と朝鮮語の場合」,『日本の神学』,巻55,P.69,2016年刊行)とのことで、あくまでも「帝」は神のこと。「帝」に承認されて「天下」を統治するのが中国王朝の王や皇帝です。つまり、中国の歴代王朝は本来「帝国」ではないのです。


 その上で改めて最初の定義を見てみると、決して「皇帝が治める国家」という説明はありません。つまり実際には皇帝の有無など関係なく、「帝国」と呼んでいるのです。また、ウマイヤ朝の例のように「帝国」と呼べるのでは?と思われる例はいくつもあります。この定義に従うなら今の中華人民共和国だって「帝国」と呼ぶには申し分ないでしょう。

 このように「帝国」という言葉の境界は極めて不明瞭なのです。そのような単語を皆さんは中学・高校で覚えさせられ、試験に使ってきたのです。ですが、それはただの"歴史"に過ぎません。そこから1つのテーマ・地域を切り取り、時には数年単位を分析するのが"歴史学"です。

 歴史学に限らず、このような学問の根底には、「当たり前に対する疑念」があります。当たり前を疑うことが学問を発達させてきたのです。しかし、現在の学校教育では入試のせいで未だに「詰め込み教育」が残り、新たに「生きる力」と称したディスカッションやらプログラムやら増えており、このような学問として教えることは更にできなくなっています。こうして「歴史なんて勉強しても意味が無い」という意見が出てきてしまうのです。

 その考えを一掃するために、ここで1度、当たり前に使っている用語を考え直してみませんか?学問をしてみませんか?




参考文献

島村直幸,「帝国の興亡史 : 古代から現代まで」,『法学新報』,巻123,号7, P.519,2017年1月16日刊行

金香花,「Godの訳語「上帝」―中国語、日本語と朝鮮語の場合」,『日本の神学』,巻55,P.69,2016年刊行


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